背伸びせず、卑屈にもならず。そんな風に書きたひと思ふをとこありけり。
by maseda1001
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ランニング・マン

正月番組でテレビ東京のバス旅で、福島県のとある温泉に太川さんとえびすさんが入浴するシーンで、えびすさんが「温泉って入る前はめんどうくさくてイヤだなと思うけど、入ると気持ちいいね。」というたぐいのことを言っていた。自分に当てはめて考えてみても、たしかに温泉は入る前はめんどうくさいと思うことがある。就寝前でもないのにいちいち服を脱ぐのは面倒だし、他人の視線があるなかで全裸になって乳輪の毛がボーボーになってるのを気にするも面倒だし、自宅に帰れば風呂があるにもかかわらず風呂代でカネを払うのもなんだか損してる気がしないでもない。入浴前はそんなことを考える。でもその面倒を超えた先、実際に風呂にカラダが浸かってしまえば、そういう憂いは露のように霧散して、思うのだ。「ああ、気持ちいいなぁ」と。

似たようなものはいくつかあって、たとえば食事も入浴と似ている。真冬の雨の日なんかは外食しようと出かけるのはとても気力が必要で、だいぶ面倒なことだけど、いざ飲食店に入ってしまえば、次の瞬間には空腹を思い出し、「あれ食べたい、これ食べたい」と目先の食事のことばかり考えるようになる。あと、学生のときの試験勉強なんかも入浴や食事と似たようなもので、机に座るまではゲームやらマンガやらいろんな誘惑が目につくけれど、覚悟を決めて机に座り参考書を開くと勉強に没頭することになることが多かった(ただし、好きな科目に限る)。

やり始める前は面倒なことでもやり始めるといつの間にか熱中している。

これは冬のランニング、マラソンにも当てはまる気がする。寒風吹きすさぶ真冬は、コートを着込んでいても外に出るのは億劫なものだ。ましてやランニング用の軽装で外に出るということは、相応の覚悟を要する。それこそ、真冬の朝にキンキンに冷えた便座に着座するときと同じくらい、あるいはそれ以上の覚悟を要する。だけれども、いったん走り始めると世界は一変する。ランニングしているうちにカラダがほどよくあたたまり、あれだけ冷たかった風も心地よくなる。心臓が奏でるハートビートも心地よいリズムでアップテンポを刻む。自分の身体が活動しているを感じることができる。これほどの快感を味わうことができる行為、飲食や入浴に匹敵するのではないだろうか。

最近、ランニングをサボっていた。サボっていたというより、ランニングする目的や意義も忘れて怠惰につかりきっていた。ランニングの効用は十分知っているはずなのに、一歩を踏み出す気力を失っていた。結果、腹回りはダルダル。下半身は弛緩して、ユルユル。最近、妙にこむら返りが多いのもランニングをサボっているからだろう。カラダは僕のメンタルの怠惰を反映して、しっかりと怠惰なボディへと変化していた。

そんなある日の夜、僕の目の前に青から赤へと点滅する信号があった。この信号を一度待つと、ひどく待たされる信号。そいつがチカチカ点滅。真冬に長時間、ただ信号が変わるのを待つだなんて、そいつはきつい。お気に入りのアイドルの熱愛発覚なみにきつい。ならば、と走った。ぼくは走った。ひさしぶりに走った。

思いのほか、カラダは鋭敏に反応してくれた。軽やかに横断歩道をステップを踏み、走る。風は冷たいが、心臓が泡立ち、鼓動が速まるのを感じる。「ああ、そうか。走るって気持ちよかったんだっけな」。そんなことを感じながら横断歩道を渡り終えた。なるほど、僕は忘れていた。ランニングはつらいことばかりではない。たのしみもあったんだ。そんな快感にひたって気づいた。ヒザが痛い。怠惰なボディは、信号を渡るときのダッシュというごく短時間の運動ですら悲鳴を上げていた。

たまの運動はするもんじゃないね。


今日の一曲
なし


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# by maseda1001 | 2017-01-11 21:34 | Comments(0)

とある駆け込み乗車で

電車をおりて改札へと向かう階段を登っていた。マンガ喫茶で5時間ほど自堕落をむさぼった帰りのことだ。自宅の最寄り駅の電車から降りて、プラットホームから改札階へ接続する階段をとぼとぼ上っていた。

そしたら、駆け込み乗車のために2段飛ばしくらいのペースで猛然と階段を駆け下りる若い男3人組。腹をすかせた飼いネコがキャットフードに一目散に駈けるかのように、某駅のプラットホームへの階段を、ドアがいまにも閉まりそうな電車に向かって猛然と駆け下りる若者たち。若さがあふれるエネルギーを生み、そのエネルギーは若者たちを駆け込み乗車するための燃料となった。3人が横一列にならんで階段を一目散に駆け下りる様子は、ジャッキーやブルース・リーが出演するような香港映画くらいでしか目撃できないと思ったが、現代日本でも目撃できるとは。

そして目撃できるだけではなく、駆け込み乗車のために猛然と階段をダッシュでくだる3人を避けきれず、うち1人と接触する。目撃だけでなく襲撃までされてしまうというオマケつき。これには日ごろからメンタル同様、ボディも甘やかしている僕はどうしようもなかった。若者の風をきるようなスピードをよけきれずに接触。なんとか階段の中腹で手すりを利用してその場に踏みとどまる。若者たちはそれに気づいたのか気づいていないのか、あっという間にいなくなってしまった。まるで嵐。嵐が5人組であるという前提を棚に上げて言うならば、嵐のような3人組だった。

階段の中腹程度での接触だったため、僕が90才の老人だったら接触によって階段から転落、死亡という可能性もあった。仮に僕が90才の国民栄誉賞受賞者であったら、僕と接触した若者は、国民栄誉賞受賞者を意図的にではないにしろ殺してしまったというカドで、マスコミや世間から袋叩きにあっていたことだろう。それを考えると、あのとき階段の中腹にいたのが、健康な壮年男性、アナルの裂傷を除けば五体満足の僕でよかったということになる。

そう考えると、僕は今日、ある意味人助けをしたともいえる。未来ある若者を犯罪者におとしめることを食い止めた。そうは言えないだろうか。僕は駆け込み乗車による接触で転倒しなかったことにより、駆け込み乗車をした若者を救った。そうは言えないだろうか。

言えるわけないよね。

駆け込み乗車は危険ですのでおやめください。


今日の一曲
ゆいちゃんず / 渋谷川

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# by maseda1001 | 2017-01-09 22:32 | Comments(0)

寒い夜は

寒い夜は部屋から出られない。といっても部屋から出る用事もないわけで。部屋から出る必要がないうえに、天気は雨。真冬の夜空は僕のココロを見透かしたようにウェッティ。僕の視界がかすんで見えるのは、日曜の夜に女の子とデートする用事も無く、録りためた正月番組(『3月のライオン』と『バス旅』)を見ることと、たまにネット将棋に興じることで1日を終えてしまった自分に対する自己憐憫で涙しているからか。

そんな僕が夜の雨に打たれでもしたら、それはそれでまるで映画のワンシーンのように感動的なはず。冬の冷たい雨が、アナルの裂傷に起因する歩行障害に苦しむ僕の頬を濡らす光景。映像化したらそれだけで小津映画のワンシーンになりそうなほど感傷的かつ情緒的な光景だろう。あるいは、アナルの裂傷に起因する歩行障害を抱えた独身男性が半裸で冬の夜空で傘もささずに街を徘徊してたら、それこそ「密着警察24時」のような警察ドキュメント番組の撮れ高に貢献できそう。ただし、いまの僕にはそんな勇気も体力も気力もない。

冷蔵庫の設定温度より低い外に出る元気もなく、今日の夜は宅配ピザを注文。Lサイズに挑戦。単身でLサイズピザを頼むという酔狂チャレンジ。そして大方の予想通りに4切れほど残す。キャンペーン期間中で安かったからという短絡的な理由でLサイズを注文した数時間前の自分にありったけの罵声を浴びせたい気分。1人でLサイズのピザを食えるほどの胃の容量がないことは知っていたはずなのに。それなのに注文してしまった自分を罵りたい。それこそ、一時期のベッキーや、一時期のキムタクのように、世間の批判を一身に浴びるかのような痛罵を浴びたい。ピザの残骸を見ながらそう思った。

明日は休み。明日も予定は無い。What a happy I am!

今日の一曲
ゆいちゃんず / 渋谷川

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# by maseda1001 | 2017-01-09 00:46 | Comments(0)

見たくなかった自分

知りたくないこと、見たくないもの、ほしくないもの。そんなものが世の中にはけっこうあるような気がする。

たとえば、会社の上司の自分に対するマイナス査定とか。たとえば、はるか太古の昔にお付き合いした女性が産んだお子さんの写真とか。たとえば、精魂込めて応援しているアイドルが裏アカウントでオタク批判&Youtuberとのチュー写真のダブルコンボを決めているツイッターとか(だれとは言わぬ)。

どれもこれも耳を塞いでシャットダウンしたくなるものばかり。叶うことならば、そういうココロの敏感な部分をえぐるような情報からは遠ざかっていたいものだ。しかしいま挙げたどの例よりも、もっとイヤなもの、心底悲しくなるものといったらあれですね。自分のダメな部分を見つめること。これはツラい。新井さんじゃなくてもツラくなってくる。

ここ最近、自分に関するマイナスポイントをいくつか新たに発見してしまった。新しい自分を見つけるってのは必ずしもいいものばかりではない。ポップスターのヒットソングの歌詞で「新しい自分をみつけよう さあトビラをあけて 一歩踏み出してみよう」なんて歌詞を聴いたことある。なんかポジティブなテイストのメロディーで。ポップでキャッチーな曲調。でも、さあトビラあけて一歩踏み出して見つけた自分がとんでもない醜悪で、思わず目を背けたくなるような代物だったらどうしてくれるんだろう。

いままで知らなかった自分の醜悪な部分がみえたとき、自分はこんな人間だったのかとショックを受ける。いままでの自己評価が高すぎたのか、あるいはなにかの変化が生じてかつての自分からの乖離が生じたのか。いずれにしても、残念です。かつては、もう少しバランスを保っていたような気がするけど、そんなこともなかったんだろうか。

自分さえよければという社会不適合者特有のメンタル構造が諸問題の1つの発端だと思われる。あと、歯止めがきかない肥大化する欲望。こいつもよくない。

前日の夜、焼きとん屋でビール・サワーを7、8杯飲んで、その後、背脂とんこつラーメンを食べた。ラーメンにはニンニク1片をすりつぶして食べた。そして、気づく。アルコールと豚肉。プラスで申し訳程度の野菜を食べたのち、さらにラーメンを胃に流し込んで大満足の脳みそがふと気づく。翌日の朝、歯医者の予約をしていたことを。胃の中はニオイで充満。自分でも口臭がくさいってわかる状態。そんな状態で、美人の歯科医にむけて口を開けることになってしまうとは。

そして、今日、僕はそのプレイを楽しんだ。ニンニクの残り香と、背脂とんこつと、アルコールと。僕の口臭を充填した口臭爆弾が開発されれば、国がひとつくらい滅ぶんじゃないかというレベルの口臭をひっさげて、美人歯科医に口内をいじっていただく。当然と言えば当然だが、かなりの羞恥心が僕を襲う。すました顔で診療をする女医がココロのなかでなにを考えているかを想像するだけで羞恥の海にダイブした気分。いっそ、その羞恥心を悦びに変えることができれば、立派なサディスティックなんだろうけれどおあいにく。僕はマゾなんで。ロウソクを垂らすよりは垂らされたいんで。

美人女医へ謝罪する機会があったら、ジャンピング土下座する準備はできている。

今日の一曲
ゆいちゃんず / 渋谷川


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# by maseda1001 | 2017-01-08 14:35 | Comments(0)

新年に寄せて

せっかく生きているならより多くの経験をしたい。回転ずしに行っていろんな種類のネタを食べてみたい。行ったことない場所に行ってみたことのない景色を見てみたい。いろんな美人の女性とお話してみたい。

そんなことを願いつつも、今日も今日とて去年と同じデスクに座り、去年と同じアプリケーションソフトを操作し、去年と同じレストランでランチを食べる。去年と比較して変わったことといえばカレンダーと、僕の麗しのフェイスに吹き出物が増えたことくらい。新しい年を迎えてなお、変化を拒むかのように、昨年となんら変わり映えのないウィークデイだった1月5日。1990年代のミスターチルドレンならば、こういう変化のない現代にドロップキックの一発や二発くらいかましてくれそうなもの。しかし、いまは西暦2017年。トガったジャックナイフのような切れ味を見せてくれたかつての僕のヒーローは、ラブ&ピース専門のポップスターに落ち着いたのであまり期待できそうにない。

そんなこんなで2017年。アゴ髭は濃くなる一方、独り言は加速度的に増加中、既読スルー率も上昇傾向でますます盛ん。本年も引き続き、深夜1時に乳首の毛や鼻毛を泣きながら抜くことになるんだろうか。乳首の毛を抜く際の激痛にひとり泣き濡れた夜、そんな夜もあったわねと笑える日は来るのだろうか。明るい日と書いて明日、真夜中のミッドナイト、毎日がエブリデイロープライス。

さあ、今年がはじまった。

今日の一曲
ミスチル / Image

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# by maseda1001 | 2017-01-06 00:58 | Comments(0)