背伸びせず、卑屈にもならず。そんな風に書きたひと思ふをとこありけり。
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正直申しましていささか疲れ果て申し上げ候、ござ候

19時退社。何日ぶりだろう。この時間に家路につくのは。思い出せない。平日は遅くまで仕事して、土曜、日曜も仕事して、快便の日も、わりと便秘な日も、絶えず仕事をして、年明けからそんなこんなでここまで来て。振り返れば楽しいことはほとんどなく、死んだほうがいくらかマシなような気さえしつつ、今日のこの時間に至る。年明けから数えて楽しかった記憶がほとんどないってのも、いささか、いささかすぎる気もするが、思い出せないものは仕方がない。年明けから残念な日々を過ごしたという事実を自戒の念をもって、くちびるを噛みしめて悔やむしかない。

そして、ただ悔やむだけで済ましてしまうのが最近のワタシのマイブーム。これが10代、20代であれば、後悔の念をプラスの行動力へ転換して、新たなチャレンジへの扉を開くきっかけにしていたはず。それこそ、ミスチルの『終わりなき旅』とか風呂場でエコーを聞かせながら独唱したりなんかして。しかし、30代になったワタシとしては、悔いが残る現状を甘んじて受け入れることも良しとする。空振り三振よりもストレートを見逃し三振で見どころもなく終わらせる、そんな風さえ吹かせつつある。

とにかく疲れた。疲れが取れない。疲れが、疲れを呼び、疲れが次の疲労を生む。そんなこんなでメガネは拭いても拭いても曇るし、気づいたら二日連続でゴーヤチャンプルー食べてるし。疲れないわけがないっての。ほんとに。

あー、死ぬまでがんばろ。

今日の一曲
スピッツ / さわって・変わって

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# by maseda1001 | 2017-02-08 22:20 | Comments(0)

疲れた

おカネを稼ぐってたいへんなことなんだなと、最近よく思ふ。しみじみと思ふ。つくづく思ふ。思い知らされてゐる。労働の対価として受け取る貨幣。それすなわち給料。Englishでサラリー。こいつを手に入れるのは容易じゃないって、思い知らされてゐるのである。

労働とは、なんて語る気もないし、語ることができるようなたいした経験をしているわけでもない。ただ、日々会社に行き、ディスプレイのブルーライトを浴びるか、上司のデスクの前で指導を受けるか、あるいは出先からの帰りの電車で爆睡するか。それくらいのことしかしていない。日本中どこにでも見られるありふれた労働風景。いわば、日常。いわば、平穏。

しかし、いかんともしがたいこの人生。足りないものを求めてしまうエンドレスな欲望。自らの恵まれている点には目がいかず、他人の持ち物ばかりがよく見える。とんかつ屋で、ロースかつ定食にから揚げを2個トッピングして、さらにごはんを大盛にする食欲もある。たいしてオチのない話に尾ひれをつけてみんなの気をひこうとする虚栄心もある。軟膏タイプのボラギノールを毎日コツコツ患部に塗布する健康を求める欲望もある。

そんなあふれ出る欲望、にじみ出る欲望に背中を押され、メンタル的な貧困・飢餓状態は悪化の一途。これ以上欲望が肥大化したら、僕のメンタルの中の大塩平八郎が立ち上がって、天草の乱も目じゃない規模で一揆が起きるやもしれぬ。飢餓状態。望んだものは手に入らず、ほしくないアレやらコレやらは向こうからやってくる。電話が鳴れば、仕事は増え、メールが届けばTo DOリストが積みあがり、そして今日も午前様。そんなこんなで青息吐息。疲労困憊。五里霧中。四面楚歌。

だからだろうか。世の中のカネを稼ぐおっさん、おばさん連中、まぢヤバい。超尊敬。奴らすごすぎ。カネを稼ぎ続けて20年、30年生き続けるってほんとまぢヤバいよ。ブタゴリラがその屈辱的なあだ名を受けて入れて、それでいてなお八百屋の孝行息子を演じてるのにも尊敬を覚えるけど、それすらも比べ物にならない。おっさん、おばさんまぢヤバい。旦那の稼ぎでブランド物に身を包みママ友たちと3000円のランチを楽しむ若ママを横目に、勤労に励むおっさんたち・おばさんたち。まぢやばい。毎朝カレー食って、木の棒振り回してるだけで何億円も稼ぐ鈴木一郎さんなんかよりよっぽど勤労おっさん・勤労おばさんのほうがすごい。

これから何十年もやっていけるかなあ。この生活。

今日一曲
スピッツ / ホタル



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# by maseda1001 | 2017-02-02 23:17 | Comments(0)

ミスをした夜は

仕事でミスをした。入社以来で最もひどいミスと言っていいだろう大きなミス。しかも顧客に指摘されるまで自分自身ではまったく気づかず。1つのプロジェクトの足元、土台みたいなところでのミスは、一言でいえば致命傷ってやつで。根元が腐ってしまったら、枝葉末節いくらがんばって日光を浴びても、水分を吸収しようとしても、努力はすべて水の泡。

この1か月近く、ずっとこの仕事ばかりやってきたというのに。このザマで。僕がやったことはといえば、根元が腐っているのにも気づかずにひたすらに光合成を気取ってただけ。漫然と、忙しいとか、つらいとか、眠いとか、疲れたとか言いながら、愚痴や他人への攻撃でなんとか自分自身を正当化してやってきた1か月間。この1か月はなんだったんだろう。

そしてミス発覚からの数時間は、ミスの確認作業、上司からの叱責、周囲からの冷たい視線、顧客への謝罪。一連の動作のあいだ、泣いて逃げることができたらどんなに楽だったろう。いやー、久しぶりだね。死んだらどんなにかラクだろうって思ったのは。地下鉄のホームドアがなかったら、あるいは・・・なんて言ったら大げさかもしれないけれど。浦和美園行きの電車がホームに滑り込んでくるときに、ホームドアがなかったら、こうしてエビアンを飲みながらキーボードを打っている自分はいなかったかもしれないだなんてちょっと大げさかもしれないけれど。

こんな最悪な気分のときに、ぶっとい一本グソが出たりすると、ほんと思うよ。なんだかなあって。こっちは最悪にブルーだってのに、肉体は健康そのもの。こっちは自分のミスのせいで会社でちぢこまっているというのに、ハリ・つやを備えた立派なウンコのどっしりとしたたたずまいに思う。ほんと、なんだかなあって。


今日の一曲
スピッツ / ベビーフェイス

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# by maseda1001 | 2017-02-01 00:29 | Comments(0)

unko

うんこをなめてはいけない。

みんなわかっているようで、わかっていない。誰に教わるともなく自然とうんこはするくせに、うんこのことをなめてるやつが多すぎる。だからあえて2回同じことを言おう。

うんこはなめてはいけない。

この言葉には2つの意味があることを賢明な諸氏ならばおわかりいただけると思う。すなわち、「うんこをなめる」という「うんこ(名詞)+を(接続助詞)+なめる(動詞)」という言葉には、①うんこを舌でtouchすること、②うんこを軽んじること。この2つの意味を包含している。私がここで述べたいのは、後者。すなわち、②うんこを軽んじることについてだ。

巷にはうんこをなめてるやつが多すぎる。会話の最中に「うんこ」という単語が出ただけで、苦り切った渋面をつくるすましたOL。うんこを切り口にして軽妙なトークをするお笑い芸人は、うんこをダシにしてユーモアある自分を演出する。かりんとう屋さんもカレー屋さんも、うんこをオマージュにした食べ物で生計を立てているくせに、うんこに対する感謝をするどころか、うんこを禁忌とした挙句、店の前で「うんこ」の「う」の字を口に出しただけで、警戒しだす始末。

うんこをなめてる奴が多すぎる。うんこってのは、もっと感謝されなければならない。そして崇められなければならない。

うんこはそもそもヒトが摂取した食物の残りカスだ。口から、食道、胃、小腸、大腸、そして肛門。その旅路は決して、平たんではない。そして短くない時間だ。胃液で溶かされ、小腸・大腸で栄養素を根こそぎ吸い取られ、そして肛門から排出される。口にしたときは、オマールエビでも、ケツから出るときは全部うんこ。キャビアを食べても、トリュフを食べても、おせんべを食べても、カロリーメイトを食べても同じ。結局はうんこ。最後はうんこなんだ。

それはある種の神秘性をも私たちに感じさせてくれる。

食べ物が、我々の体内を通過することによって、うんこになって出てくる。考えてみれば不思議だ。我々の体内で何が起こっているのか、さっき食べたコンビニ弁当が胃の中でどんな状態になっているのか、直接目で見ることはできない。しかし、私は経験的、直感的にわかる。確かにコンビニ弁当の焼き鮭も、ひじきも、梅干しが体内にあることを。そして、数時間後にはそれがうんことして完成されて、再び世に出てくることを。誰に指示されたわけでもない。誰かに教えられたわけでもない。それでも、我々はうんこをするのだ。これは神の意志、God's WILLと言わずして、なんと呼べるだろうか。

それなのに。それなのに、である。

うんこをなめてる奴が多すぎる。先生、だいぶ興奮してきたら何度でもいうけど、多すぎるのよ。うんこをなめてるやつが。軽すぎ。うんこに対する扱いが軽すぎ。ミスチルは崇めるくせに、うんこはレバー大をひねって流しておしまい。ミスチルが不倫した挙句にグラドルと再婚というラブソングが尻尾巻いて逃げ出すような過去があったことを知ったうえで、それでも『ロード・アイミスユー』とか聴けるくせに、うんこのことなんてアウトオブ眼中。そんな奴が多すぎる。

だから言いたい。私は声を大にして言いたい。

うんこのことはもっと真剣に考えなければいけない、と。うんこに対して真摯に向き合い、うんこと語らわなければならない、と。夜更けのバーで親友と語らう話題として選ぶべきは、うんこ。日曜のさわやかな朝のミサでの神父の説教のテーマも、うんこ。夜景の見えるレストランで指輪をプレゼントして、うれし涙を見せてくれる彼女に対して語り掛ける言葉も、うんこ。

今日、僕はうんこのことをずっと考えていた。朝、いつものとおり、寝起きにトイレにブースインした。定例行事。いつものことだ。ものの5分もすれば、うんこが解き放たれるはず。だった。だったのだが、出なかった。うんこがさっぱりでなかったのだ。前日上司に鬼のように説教されようとも、前日に適齢期の女子の既読スルーを食らおうとも、なにがあろうとも毎朝快便、朝のお通じと美肌だけには自信があったこの僕が。うんこが出なかったのだ。

これは一大事である。イギリスがEU離脱しても、トランプが大統領になろうとも、何が起こっても朝のお通じは保ってきたのだ。言うなれば、ルーティン。そのルーティンが、今日止まってしまった。

以降、僕はうんこのことを考えて一日を過ごすこととなった。お昼に野菜タンメンを食べてるときも、誤って保存しないままにエクセルを閉じてしまったときも、寒さに震えながら家路を急ぐときも。うんこのことを考えて過ごしてきた。

そしてさっき、ついにうんこが出た。

マンモスうれぴー。



今日の一曲
スピッツ / 日なたの窓にあこがれて

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# by maseda1001 | 2017-01-24 23:10 | Comments(0)

デイドリーマー

仕事が終わらなかったため、昨年から予定されていた飲み会に参加できず。

僕は飲み会のために生きているわけではない。されど、仕事のために生きているわけでもない。月に1回くらいは飲み会に参加させてくれたってよさそうなものだけれど、それすらも許してくれないハードワークさ加減。ビートルズもハードデイズナイトを歌っていた頃はこんな気持ちだったのかもしれない。ただ、彼らに救いがあるとすれば、彼らは表現するすべを知っていた。自分たちの置かれている苦境をキャッチーなメロディーに乗せて歌にすることができた。ユーモアのなかに憂いを含ませて自分たちの置かれている状況を歌うことができた。それがどれほどの救いになるかは赤の他人の僕が知る由もないけれど、少なくともおカネにはなったんだし、羨む人も多いだろう。

一方、僕のストレス発散方法といえば「中間管理録トネガワ」を読んで、中間管理職の苦労に思いを馳せることくらいなもの。

今日は疲れた。昼間の出来事が夢のなかでの話だったかのように、いまでは現実感がなくなってきています。疲れた。

今日の一曲
エレファントカシマシ/悲しみの果て

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# by maseda1001 | 2017-01-18 01:31 | Comments(0)