背伸びせず、卑屈にもならず。そんな風に書きたひと思ふをとこありけり。
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<   2014年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧

街というのは不思議なもので、人が街をつくる一方で、街が人をつくることもある。

行政が都市計画を考えて、デベロッパーが都市開発を主導して、ゼネコンが土地を造成して、ハウスメーカーが家を建てるという一連の流れをもって街ができる。決して、指をくわえて眺めているだけで、武蔵野台地に丸井や伊勢丹が建ったり、隅田川のほとりにうんこビルディングが建ったりはしない。人々の活動の結果、街ができていく。そういう意味で、人が街をつくっている。

また、一方で、街が人をつくることもある。

戦後の無秩序な行き当たりばったりの都市開発の結果出来上がった街は、街路も入り組んで、道も狭く、日照や通風、景観も考慮されず、宅地はパワービルダーによって細かく切り刻まれる。結果として、安価な土地は分割によりさらに安価になり、本来ならば持ち家を所有できない低所得層が持ち家を所有することになる。都会に出てきて驚くのは、15坪の間口4mの土地に3階建ての木造住宅がギチギチに間隔を詰められたドミノみたいに並んでいる街がそこかしこにあることで、そういう風致も何もない景色を目撃するたびに、僕はなぜか鯖の押し寿司が食べたくなる。

逆に、田園調布や成城のような、一定の計画をもって形成された街は、街路も広く整然とし、植栽は整えられ、景観も良好に保たれる。そういう街にはたいてい土地の細分化を拒む地区計画があり、宅地は一定の規模(100㎡とか120㎡とか)を保つことになる。結果として、低所得者はそういう土地には入ってくることができず、金持ちが集まる街は今日も平穏が保たれるわけで。青山通りをベビーカーを押しながら練り歩くママさん軍団は、今日もパンケーキの店を話題にしてニッコリなわけです。

僕もかつては江戸末期の幕末志士のように、外国に遊学を志したことがあり、亜米利加国に渡ったことがありました。そこでは、ダウンタウンと山の手が明確に区別されているように見えました。ワンデー旅行者がちょっと見ただけでわかるような、ダウンタウンと山の手で生活レベル、文化レベル、教育レベルが明らかに異なるのを目の当たりにした。スラム街と呼ばれる低所得者が集まる街は、ゴミが道路に放置され、通りを走る車はたいてい3、4代くらい型落ちのGMCで、シャッターが下りた商店は何を売ってたのかすら判別できない。そしてそこにいる人は昼間からうつろな目で歩くこともせず、ただぼんやりと立ちすくむおじさんや、今にも発砲しそうなギラギラしたおっさんか。まるで北斗の拳。

格差が広がると言われて久しいですが、日本も将来、こんなふうになるのではないだろうか。

かたや表参道のパンケーキのために行列を作り、かたや生活保護費の受給のために役所に行列を作り。どっちがいいのか悪いのかはわからないけれど。

閑話休題。

僕の家の前で深夜にも関わらずたむろってバカ騒ぎをしている中高生数名。夜の住宅街を切り裂く甲高く、そして獅子の咆哮のごとき嬌声、笑い声。今年一番かもしれない寒空のもと、彼らはいったい何を話し合うことがあるのだろうか。初夏のさわやかな夜も、盆過ぎの蒸し暑い夜も、冬の訪れ近づく晩秋にも、いつの季節も彼らの笑い声は、夜の住宅街に響き渡る。

誰も注意はしない(できない)。僕も注意はしない(できない)。

僕は思う。長々と、街がどうこう、人がどうこうと書いてきたあとに思う。

彼らのような若者がいる街に僕は住んでいる。街はひとをつくる。僕の住んでいるこの街は深夜にバカ騒ぎする若者や、それを注意もできず、エレファントカシマシを大音量で聴いて耳をふさぐ男をつくる。
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by maseda1001 | 2014-12-29 23:04 | Comments(0)

ぼくのくりすます

昨日のクリスマス・イヴの話。

クリスマスということで、ココイチでカレーを食べた。クリスマスといえば世間ではココイチでカレーを食べると決まっているのだ。したがって、世間の中枢部にいる僕もココイチでカレーを食べなければならなかった。

残業中のオフィスを抜け出し、向かったCOCO壱番屋。通称、ココイチ。

そこで僕を待ち受けていたのは、男性店員4名と、男性客5名程度。みんなカレーを食べたり、マンガを読んだりしていた。(そこのココイチはマンガを置いてあるココイチである)

さすが、クリスマス・イヴ。世間の中枢部では、やはりクリスマス・イブにココイチに行くと相場は決まっているのだ。僕も右にならえで、着席し注文をする。クリスマスだから、トッピングもクリスマスっぽいものにしよう。

そんな僕がチョイスしたのは・・・・・・・

野菜カレーにえび・アサリのトッピング。ライス普通盛り。辛さ普通。

やはり、クリスマスといえばこの注文が王道である。これは人口に膾炙している通説である。相撲でいえば大鵬、野球でいえばジャイアンツ、民法でいえば我妻説、そして、クリスマスのココイチといえば野菜カレー。それにクリスマスにふさわしいえび・アサリをトッピングするという憎い演出。さらに言うならば、イベントごとだからといって、大盛りや、辛さ増しをチョイスしないところが、憎い選択だ。イベントに乗っかりつつも、すべてのこだわりを捨てはしないという意気込みを示すには、普通盛り、辛さ普通を選択することが最もアピール点になる。

そのときの僕は、自分はいま間違いなく、クリスマスの最深部にいることを自覚していた。

クリスマスといえば、ココイチ。クリスマスといえば野菜カレー。クリスマスといえばえび・アサリトッピング。

そう、僕はそのとき、まさにクリスマスだった。周囲では、もくもくとカレーを食べるリーマンたち。しかし、その誰もが、その沈黙の中で主イエス・キリストへの賛美歌をささげているに違いなかった。スープカレーを食べるネクタイが曲がった若いリーマンも、カツカレーを食べ終えてドラゴンボール27巻(フリーザ編)を読むハゲかけたおっさんも、揚げ物を揚げるフライヤー担当の店員も。みんな、店が一体となってクリスマスを賛美していた。


・・・・・・・神聖な、そして崇高な、それでいてどこか懐かしくもある時間をすごし、僕は再び夜のオフィスに戻った。相変わらず、仕事が僕を待っている。

やれやれ。

僕は少し肩をすくめて、苦笑いをする。ちっとは休ませてくれよ、セニョリータ。それともなにかい、サンタクロースは、僕には仕事をプレゼントしてくれるっていうのかい?

そして、その夜もいつもと同じように更けていくのだった。




あなたのクリスマスも僕と同じように素晴らしいクリスマスだったことを心の底から願っています。
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by maseda1001 | 2014-12-26 01:13 | Comments(0)

20代

20代、20才~30才くらいまでで、僕が自分自身を褒め称えたい、成長した、と自画自賛したいことがひとつある。

会社のみんなと山に登っていて、山頂間近でぎっくり腰になり、ひとりで泣く泣くロープウェイで下山したこともあった(ロープウェイがあってよかった!)。美人の女性と食事をした際に酔っ払った挙句に鼻毛の話を得意げに語ってしまい、その後連絡がつかなくなったこともあった。新宿でボッタクリにあったこともあって一晩で10万円くらいなくなったこともあった。

それらのある種心の琴線をくすぐるエピソードもあったけど、やっぱり20代のハイライトといえばあれですね。自分の限界を知ったこと。これですね。

自分は何でもできるスーパーマンではない。一般人だということがわかった。

何を当たり前のことを言っているんだろうと思われるだろうけど、これは僕にとってはノルマンディーや関が原くらいの天変動地の大イベントです。

僕は、高校時代のがり勉が実を結び、大学受験でわりと自分の希望通りになった側なのですが、これが悪いほうに作用すると、自分の学歴を鼻にかけて、そのくせ仕事はできないという、いわゆる典型的、類型的「東大くん」に陥る人がいます。大学受験時の成功体験を唯一のプライドの糧にして一生を生き抜く、ある種ウブな人種です。こういう人は、プライドは高いくせに仕事はできず、彼女もできず、口臭もひどくて、オリジン弁当では「特のり弁当」しか買わない傾向が強い。

僕は自分のことをわりとそのある種ウブな人種、「東大くん」タイプの人間であったように思います(東大ではないので尚のことたちが悪いですが)。自分は時間的な余裕さえあれば、弁護士にだってなれるし、医者にだってなれるし、内閣総理大臣にもなれるかもしれないし、中東かアフリカあたりで革命の指導者にでもなれるかもしれない。そんな風にわりと本気で思っていた時期がありました。

その根拠はたった一回、大学受験で成功したという根拠しかないことに気づいたのはつい数年前。大学を卒業してから4、5年くらい経ってからでした。いやー、そのときは泣いたね。自分は思ったより能力がない、何にでもなれるわけでもないし、青山の土地を買うこともできないってわかったときは、泣いた。涙は流さずとも、心で泣いた。深夜の国道○○号線を愛車で走りながら、尾崎豊の「僕が僕であるために」をBGMにして心で泣いた。

僕はなにもできない。

そう自覚させてくれたのは、当時は鬼のように思えた上司だったり、優秀な同期だったり、明朗快活を絵に書いたような後輩だったり、発注者だからと不遜な態度を取っていたはるかに年下の僕に対してもおだやかに対応してくれた取引先の社員さんだったり。

まあ、「僕はなにもできない」ってのは少し大仰で、運転免許試験場の筆記テストで1回落ちた数日後にリベンジしたし、エクセルのショートカット機能のうち「ctrl+c」を使いこなせるし、水商売のお姉さんからは同伴のお誘いが来るくらい必要とされている。

そして、いまでは、僕はなににもなれないわけではないと思っている。もちろん、内閣総理大臣や革命の指導者になるのはたぶん相当無理。ハンカチ王子がこれから200勝するよりも難しい。

でも、適切な目標を設定して、適切な時間を確保して、あとは継続する能力と、運が味方してくれれば、目標を達成することは不可能ではない。そう思うようになった。そう思えるようになった。これは自分で言うのもなんだけど、けっこうな進歩なんじゃないかと思う。

人類が月に到達することが進歩ならば、僕がこうして書けるようになったことも立派な進歩だと思う。けっこう本気で。

だからだろうか。僕はいま、結構将来が楽しみだ。牢屋から出たときのホリエモンもこんな気持ちだったのかな。

叩けば割れるような根拠薄弱なプライドだけで目標もなく、努力もしなかった頃の自分はもういない。そういう意味で僕は自分を成長したと自画自賛したい。
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by maseda1001 | 2014-12-23 22:35 | Comments(0)