背伸びせず、卑屈にもならず。そんな風に書きたひと思ふをとこありけり。
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真夏の闖入者

自宅にアリが湧くようになった。何の前触れもなく、アリは大挙して僕の部屋に押し寄せるようになった。僕がコンビニとか弁当屋から調達した食料をイートインするスペースに臆面もなく侵入してくるアリたち。僕の食卓はアリたちに占有された。じわじわと領土を拡大するアリたちに対抗するため、警告がてら群れから逸れたアリを指ではじいてみたり、生暖かい吐息をかけてみたり、ぼんやり眺めてみたりしてみたが効果はなかった。食卓にアリがいる光景。まあたいして実害はないが、食事にアリが入ったりしたら、衛生的にまずいかもしらん。そう思った。

僕は、アリの巣コロリを設置した。ライトグリーンの色をしたマッチ箱サイズの筐体、アリの巣コロリ。

効果はすぐに現れた。アリの巣コロリにはアリを誘引する成分が入っているらしく、設置直後からアリが群をなして「コロリ」に押し寄せる光景を何度か目撃した。休日出勤から戻ってきたとき、日課のランニングに出かける前、風呂に入る前。そのたびに、アリは「コロリ」の中の顆粒に這い寄っていた。群れをなして。隊列を組んで。ある者は自分と同じくらいの体積がありそうな黄色い顆粒をは懸命に巣に持ち帰ろうとがんばっていたし、ある者は仕事を放棄して顆粒にしがみついたままじっと動かない。たぶん、顆粒を食べているんだろう。

「コロリ」はよっぽどおいしいらしい。つかの間、僕の食卓はアリたちの食糧配給所兼食卓になった。

その日の夜、僕は薄い本を一冊読んだ。人の死なないミステリーというサブタイトルがつく、KADOKAWAの本。たぶん、3時間くらいの間、僕はせんべい布団に寝転びながら、莉子さんの真贋鑑定を堪能していた。正直言って、そのころ僕は莉子さんにだいぶ熱をあげていた。可能であれば、可能な限り早く、小笠原になりたいと思ったこともあった。それくらい、僕はそのミステリーを深く耽溺していた。

その日もご多聞にもれず、僕は莉子さんに熱をあげていた。読んでいる間、僕はごはんを食べることを忘れ、寝ることも忘れ、当然のごとく仕事も忘れ、鏡を見れば挨拶をしてくる鼻毛が伸びていることも忘れ、そろそろ近づく燃えるごみの日のことも忘れ、ちょっと美人の女性に食事を誘ったらとりつく島もなく断られたのも忘れ・・・・・・。とにかく、いろんなことを忘れていた。アリと、アリの巣コロリとそれにまつわるエトセトラも当然、忘れていた。そのときの僕に、誰かが、「アリは?」と聞いたら、昔好きだった有田さんのことを思い出すことはあれど、アリのことは思い出さなかったと思う。

僕が、アリと、「コロリ」を思い出したとき、もうすでにアリの宴会は終わっていた。つい何時間か前には謝肉祭よろしく溢れかえるアリたちの饗宴を目撃していたのに、今ではアリたちは姿を消していた。静けさ漂う食卓には、アリがやってくる前までの平和が戻ってきていた。

異様なまでの静けさ。4月の高田馬場駅前ロータリーのようなある種キチガイじみた騒々しい光景が今は昔、僕の食卓は静まり返っていた。漫☆画太郎先生がその状況を描くなら、きっとそのコマには、「死~ん」という擬態語が書かれるに違いない。実際、アリの巣コロリのライトグリーンの透明なマッチ箱くらいの筐体には、量が半分くらいに減った黄色い顆粒と、何匹かの動かなくなったアリがいた。みんな死んでいた。

それ以降、僕の部屋にアリがやって来ることはなくなった。たぶん、巣に戻ったアリたちも死んだのだろう。何匹くらい死んだろう。何十匹か、あるいは何百匹か。せっせとまじめに働いていたアリも、仕事をサボって自分だけ食事にありついていたアリも、巣の中にいたはずの女王アリも、たぶんみんな死んだ。

僕の部屋にはいつもの食卓が戻ってきた。アリが来ることもない食卓。カップラーメンと、コンビニ弁当、オリジン弁当ばかりが置かれる食卓。真夏の闖入者たちに、つかの間の快楽と、その後の死ぬまでの苦しみを与えたライトグリーンの筐体は、今はもうない。
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by maseda1001 | 2014-07-27 20:51 | Comments(0)