背伸びせず、卑屈にもならず。そんな風に書きたひと思ふをとこありけり。
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今という一瞬を

明日にはミサイルのおかげでこの世にはいないかもしれないこのご時世。写真に撮っても振り返って見返す機会はやってこないかもしれない。ならば、写真なんか撮ってる暇はない。昨日起こった失敗を教訓にしても、挽回するチャンスはやってこないかもしれない。ならば、コツコツ勉強してる暇はない。明日の自分をよくするために食事制限、ランニング、ライザップをしても、シェイプアップした自分を褒めてくれるひとはいなくなるかもしれない。ならば、ダイエットなんかしてる暇はない。

今という一瞬を楽しみたい。今この瞬間こそが大事だ。今こそ人生の悦びを味わうとき。

そんなこんなで、中村屋のおかきを2袋食べ、冷凍ピラフをチンして食べ、デザートにドーナツを豆乳ガブ飲みしながら胃に流し込む。23時50分。

夕食に食べた親子南蛮そばもうまかったが、少しばかり量が足りなかった。その結果がこのザマ。明日が来ないかもしれないとか、思ってもいない言い訳を自分に言い聞かせ、むさぼる夜食の甘美なことよ。うまいことよ。

おかきを1袋食べ始めた時点で気づくべきだったんだ。あるいは予想しておくべきだったんだ。そのリスキーな行いの結末を。

予想外にうまい、中村屋のおかき(バラエティパック)。ときに、梅塩、ときに醤油、ときにチーズ、ときに海苔。さまざまな変化球と、たまにど真ん中に投げ込まれるストレート。いけるじゃないか。うまいじゃないか。そう思ったのは23時30分。Youtubeで、東京事変の『閃光少女』を聴きながら、おかきに伸びる右手は止まることを知らなかった。そして、1袋目を空けた時点で、すでに予定調和と化していた2袋目への突入。それ以降はまるでYoutubeのミックスリスト自動再生のごとき、シームレスかつスムーズななめらかなステップで、冷凍庫を開けて冷凍ピラフを電子レンジに突っ込む。すでに後悔は僕の胃袋をなかば覆いつくそうとしていたが、それでも止まらない食欲の業の深さったらないね。レンチンしてから、平皿のピラフが跡形もなく消え去るまでにそれほど時間はいらなかった。最後にデザートのドーナツ。ドーナツの甘さを豆乳が中和。ドーナツとコーヒーも悪くないが、やはりドーナツには豆乳かな、などとひとりで納得しながら豆乳をガブガブとのどを鳴らしながら飲む。ドーナツもこの世から消えてしまった。

そしていま、日付を越えた。

昨日の自分はすでに過去の自分となった。今いるのは口の周りにドーナツの甘い匂いがほのかに残り、胃袋のなかにおかき、ピラフ、ドーナツ、豆乳を満載した自分。後悔がミックスされて、胃の中はもうわけがわからない。

ミサイルはいつ飛んでくるのかしら。

今日の一曲
東京事変 / 閃光少女

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by maseda1001 | 2017-04-26 00:11 | Comments(0)

近所の中華屋さんで

先週、麻布十番で焼肉を食べた。しかも、1回でなく、2回。週に2回も麻布十番で焼肉を食べてしまった。こんなことはたぶん僕が二足歩行を始めてからかつて無かったことだし、これから棺桶に入るまでの間を見通してもおそらく二度とない。焼肉を週に2回食べることですら家計に対する暴挙といえるが、場所が麻布となってしまうとさらに始末が悪い。

さらについでに言うと、たいして高くもない給料にもかかわらず、二度とも多めに払ってしまった。後輩に対して見栄を張りたい、女性に対して見栄を張りたいという、己の虚栄心の儚さよ。そして一向に増えない貯金残高。年齢はかさんでいくのに、ある一定のラインできっかりと上昇をやめてしまった僕の預金口座はなにかしらの「からくり」みたいなものがあって、あるいは誰かの陰謀によって残高増加を放棄してしまったのだろうか。残念です。

それにしてもここ数日思ったのは、自己中心的なモノの考え方で凝り固まって、自分の欲望を満たすことを行動指針にしていると、あまりモノゴトはうまく進んでいかないようだということ。自分の脳みそが生み出す欲望は、結局のところ自分という身体の入れ物しか操ることができない以上、自分で解決可能な欲望以上の欲望を感じてしまうと、欲望が解消できないというジレンマに陥ってしまう。自分の脳みそは他者の行動を操ったり、制約したりすることができない以上、他者が介在しないと実現不可能な欲望を持つことは健全ではないし、合理的でない。それでも飢え乾く我が欲望の貪欲さったら、困ったもんだ。自らの欲望という名のトラに自我を食い殺されてしまった哀れな李徴をひきあいに出すまでもなく、欲望を押さえつけ、あるいは飼いならし制御することは難しい。この欲望とあと何年、何十年、一緒に付き合っていかなければならないのだろうか。

あと、無気力、覇気の無さ。これもよくない。非常によくない。死んだ魚の目をした営業マンが売ることができるのは同情心だけで、哀れみだけは恵んでもらえるかもしれないけれど、本当に売りたいもの、あげたいものは、買ってもらえないのは目に見えている。にもかかわらず、なぜ僕はこうして無気力を外部に発散し、覇気を消沈させて得意になっているんだろうか。やめたほうがいいと思うよ、ホントに。

救いがあるとすれば、マンションの向かいにある中華料理屋の中華そばがおいしいってことに気づいたこと。食べログの点数とか、ラーメンWalkerに掲載されたとか、そういう情報もいいけれど、たまには自分で探してみるのもいいものかもしれない。意外に近くに、おいしいラーメン食べることできる店があったって気づいた。その事実に気づいて、僕は少しだけ泣きそうになりながら、ラーメンをすすった。ていうか半分ベソかいてた。夜の7時30分。客は僕だけ。住宅街の中華料理屋で、ラーメンを食べながら泣きそうになるリーマン。メンマがしゃきしゃきしてて歯ごたえがいい。流れる涙は、メンマに免じて許してもらおう。

今日の一曲
東京事変 / 群青日和

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by maseda1001 | 2017-04-17 21:01 | Comments(0)

すかしっぺ

透かしっぺをできるようになったら自我の目覚め。透かしっぺをして、それでいてさらになにごともなかったかのように振舞えるようになったら一人前のオトナ。さらに言えば、透かしっぺをしてそれでいて自らの屁の悪臭が周囲に気づかれたのを悟ったと同時に無実の他人に猜疑の視線を送れるようになったら、そいつはもう社会の荒波を自在に渡る能力を持った立派な資本主義社会の成功者。

オトナになれば、いつの間にかみんな透かしっぺをするようになる。学校で教わったわけでもないのに、いつの間にか器用に尻の穴をすぼめて無音のうちに悪臭を放つ術を覚える。ある人は静寂に静まる職場で、音漏れの恐怖におびえながら。ある人は起き抜けで機嫌の悪いおっさんたちを満載した満員電車のなかで、テロリズムにも似た悪意を秘めながら。今日もどこかで誰かが透かしっぺをしている。電車でつり革にしがみつくしかめっ面のおっさんも。部長のつまらない世間話に中途半端な相づちを打ってはにかむOLさんも。あの子もどの子も。私はオナラなんてしない、オレは屁なんかしないなんてすました顔をしておきながら、結局はみんな屁をこいている。下腹部が醸成し、肛門から放出されるメタンを7%含んだ気体。

そう、結局みんなやっている。

新聞も報じないし、ワイドショーで取り上げられることもない。映画化されることもないし、ユーチューバーでさえ見向きもしない。でも、みんなやっている。

東京事変の『群青日和』で椎名林檎が指摘するのは、まさにこういうことなんだろう。

演技をしているんだ
あなただってきっとそうさ
当事者を回避している

世の中のオトナってやつはすごい。誰にも気づかれないようにオナラができる。オナラしているのに、さも平然を装いながら。

実を言うと、僕もだいぶいい歳なんで、透かしっぺができる。ここだけの話だけど、満員電車で屁をこいたことも一度や二度ではない。静寂で静まり返るオフィスで、アグレッシブに透かしっぺをしたこともある。僕も演技をしているのかもしれない。演技をできているのかもしれない。

でも、そろそろこの演技も疲れてきたかなって、最近思う。

正直に言って、自由にでっかいオナラしたいって思うんです。爆発音をとどろかせながら、思いっきり放屁したいんです。もう静かにかしこまって、してるのにしてない風を装うのはイヤなんです。やったら「やりました!」って元気よく表明したいし、「おっ、なかなかの破裂音だね!」とか「あれっ?昨日はニンニク食べすぎかしら(笑)」とか、みんなに指摘されたいんです。そうやって、みんなで思うがままに、自由気ままに、オナラができたら・・・・・・。

演技がうまくできたらいいなとも思うけど、やっぱり演技する必要がないほうがラクでいいよな。

なんて言ったら社会人失格かしら。

今日の一曲
東京事変 / 群青日和

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by maseda1001 | 2017-04-14 23:30 | Comments(0)

無印

僕は無印良品が好きだ。

どれくらい好きかというと、休日の私服は当然、無印のアウター、無印のトップス、無印のシャツ。仕事のスーツはやむをえず無印ではないものの、ジャケットは無印。年に5日程度、一度も外出しない引きこもりデイを設定していることを考慮すると、365日のうち360日くらいは無印を着ている計算になる。陰でひとから「無印くん」とか、「無印さん」とかあだ名をつけられていても不思議ではないレベル。

無印のなにが僕をひきつけるのか。

一言でいえば、無印の魅力は「シンプル」という言葉に集約されているといえる。無印のシャツやトップスは、余分な装飾はことごとく排除されている。アップリケのついたジャケットは無印ではない。前面に「Hawaii」と描かれたTシャツは無印ではない。何も足さない。それでいて機能性は十分。それが無印。produced by 良品計画。

今日、僕は合コンに行く。何年振りかの合コンだ。合コンの名を借りたマルチの勧誘か、宗教の勧誘という可能性も排除できないが、とりあえず合コンという誘いがあれば彼女いない歴〇年の未婚男性は、のこのこ街まで出ていくのが悲しい性。

無印よ、どうかこの僕を、合コンで、あるいはマルチの勧誘の対応で奮闘する僕を見守っていてくれ。

今日の一曲
フジファブリック / 虹

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by maseda1001 | 2017-02-19 15:21 | Comments(0)

胸の痛み

最近、異性に対する興味が減った気がする。

10代のころは、暇さえあれば夜更け過ぎにトゥナイト2やギルガメッシュナイトを視聴して、来るべき聖戦へのイメージトレーニングに励んだものだった。20代のころは、デートの前夜ともなれば気になるあの子のデリケートゾーンにフェミニーナ軟膏を一心不乱に塗りたくる夢を見たものだった。

そして今。10代、20代の、燃えさかっていたヨコシマな気持ちが収縮し、減退しつつあるのを感じる。イメトレしようにも徒労感が先行するし、そもそもイメトレに意味はあるのか?とか考えだす始末。考えるような類のモノじゃないのに、ロダンよろしく、深夜にイメトレをお題に沈思黙考する俺。20代の頃、深夜のミッドナイトベットでほっともっとに励んでいたときに言われた一言を思い出す。ほっともっとの相手からの指導的助言。「こういうのは考えてやるようなものじゃないよ」って。

昨日の夕方から深夜にかけて、心臓のあたりに圧迫感、鈍痛を感じた。1時間、2時間経ってもおさまらない。ネットで調べたら、心筋梗塞の前兆で、心臓のあたりに圧迫感を感じるということはあるらしい。年一回の健康診断ではコレステロール値がやや高いとは言われるけど、心電図は過去に異常ありと言われたことがなかったもので、すっかり油断していた。心筋梗塞で死ぬかもしれない、だなんて想像しだしたら、ここ最近「死んだほうがマシかも」とか思ってた自分があっさり手のひら返して、死にたくない、死にたくない、死にたくないよぉって心で叫んだりなんかして。真冬の冷たい風のせいか、鼻水に加えて顔面から汗ではない塩水までも流れる始末。最近、涙腺やわめだとは思っていたけど、ここまで来てしまった自分に情けないやら、自己憐憫やら、よくわからないことになって。夜ベッドに入るときも、普段感じたことのない悪寒、寒気を感じて、布団の中でガタガタ震えて、また塩水を垂れ流す。なにやってんだ、30代成人男性。

今日の朝、心臓のあたりの圧迫感、鈍痛は消えた(ような気がする)。昨日の涙も乾き、平常運転。相変わらずマンションの上階の住人の足音がうるさい。そんなことを気にする余裕も出てきた。たまった洗濯ものを干して、クリーニングに行って、今日は久しぶりにイメトレでもしようかしら。何も考えず、ただ感じるままに、イメージトレーニングに励む。それでなにかが変わるとも思えないけれど。


今日の一曲
電気グルーヴ / TKOテクノクイーン


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by maseda1001 | 2017-02-11 11:23 | Comments(0)

正直申しましていささか疲れ果て申し上げ候、ござ候

19時退社。何日ぶりだろう。この時間に家路につくのは。思い出せない。平日は遅くまで仕事して、土曜、日曜も仕事して、快便の日も、わりと便秘な日も、絶えず仕事をして、年明けからそんなこんなでここまで来て。振り返れば楽しいことはほとんどなく、死んだほうがいくらかマシなような気さえしつつ、今日のこの時間に至る。年明けから数えて楽しかった記憶がほとんどないってのも、いささか、いささかすぎる気もするが、思い出せないものは仕方がない。年明けから残念な日々を過ごしたという事実を自戒の念をもって、くちびるを噛みしめて悔やむしかない。

そして、ただ悔やむだけで済ましてしまうのが最近のワタシのマイブーム。これが10代、20代であれば、後悔の念をプラスの行動力へ転換して、新たなチャレンジへの扉を開くきっかけにしていたはず。それこそ、ミスチルの『終わりなき旅』とか風呂場でエコーを聞かせながら独唱したりなんかして。しかし、30代になったワタシとしては、悔いが残る現状を甘んじて受け入れることも良しとする。空振り三振よりもストレートを見逃し三振で見どころもなく終わらせる、そんな風さえ吹かせつつある。

とにかく疲れた。疲れが取れない。疲れが、疲れを呼び、疲れが次の疲労を生む。そんなこんなでメガネは拭いても拭いても曇るし、気づいたら二日連続でゴーヤチャンプルー食べてるし。疲れないわけがないっての。ほんとに。

あー、死ぬまでがんばろ。

今日の一曲
スピッツ / さわって・変わって

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by maseda1001 | 2017-02-08 22:20 | Comments(0)

疲れた

おカネを稼ぐってたいへんなことなんだなと、最近よく思ふ。しみじみと思ふ。つくづく思ふ。思い知らされてゐる。労働の対価として受け取る貨幣。それすなわち給料。Englishでサラリー。こいつを手に入れるのは容易じゃないって、思い知らされてゐるのである。

労働とは、なんて語る気もないし、語ることができるようなたいした経験をしているわけでもない。ただ、日々会社に行き、ディスプレイのブルーライトを浴びるか、上司のデスクの前で指導を受けるか、あるいは出先からの帰りの電車で爆睡するか。それくらいのことしかしていない。日本中どこにでも見られるありふれた労働風景。いわば、日常。いわば、平穏。

しかし、いかんともしがたいこの人生。足りないものを求めてしまうエンドレスな欲望。自らの恵まれている点には目がいかず、他人の持ち物ばかりがよく見える。とんかつ屋で、ロースかつ定食にから揚げを2個トッピングして、さらにごはんを大盛にする食欲もある。たいしてオチのない話に尾ひれをつけてみんなの気をひこうとする虚栄心もある。軟膏タイプのボラギノールを毎日コツコツ患部に塗布する健康を求める欲望もある。

そんなあふれ出る欲望、にじみ出る欲望に背中を押され、メンタル的な貧困・飢餓状態は悪化の一途。これ以上欲望が肥大化したら、僕のメンタルの中の大塩平八郎が立ち上がって、天草の乱も目じゃない規模で一揆が起きるやもしれぬ。飢餓状態。望んだものは手に入らず、ほしくないアレやらコレやらは向こうからやってくる。電話が鳴れば、仕事は増え、メールが届けばTo DOリストが積みあがり、そして今日も午前様。そんなこんなで青息吐息。疲労困憊。五里霧中。四面楚歌。

だからだろうか。世の中のカネを稼ぐおっさん、おばさん連中、まぢヤバい。超尊敬。奴らすごすぎ。カネを稼ぎ続けて20年、30年生き続けるってほんとまぢヤバいよ。ブタゴリラがその屈辱的なあだ名を受けて入れて、それでいてなお八百屋の孝行息子を演じてるのにも尊敬を覚えるけど、それすらも比べ物にならない。おっさん、おばさんまぢヤバい。旦那の稼ぎでブランド物に身を包みママ友たちと3000円のランチを楽しむ若ママを横目に、勤労に励むおっさんたち・おばさんたち。まぢやばい。毎朝カレー食って、木の棒振り回してるだけで何億円も稼ぐ鈴木一郎さんなんかよりよっぽど勤労おっさん・勤労おばさんのほうがすごい。

これから何十年もやっていけるかなあ。この生活。

今日一曲
スピッツ / ホタル



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by maseda1001 | 2017-02-02 23:17 | Comments(0)

ミスをした夜は

仕事でミスをした。入社以来で最もひどいミスと言っていいだろう大きなミス。しかも顧客に指摘されるまで自分自身ではまったく気づかず。1つのプロジェクトの足元、土台みたいなところでのミスは、一言でいえば致命傷ってやつで。根元が腐ってしまったら、枝葉末節いくらがんばって日光を浴びても、水分を吸収しようとしても、努力はすべて水の泡。

この1か月近く、ずっとこの仕事ばかりやってきたというのに。このザマで。僕がやったことはといえば、根元が腐っているのにも気づかずにひたすらに光合成を気取ってただけ。漫然と、忙しいとか、つらいとか、眠いとか、疲れたとか言いながら、愚痴や他人への攻撃でなんとか自分自身を正当化してやってきた1か月間。この1か月はなんだったんだろう。

そしてミス発覚からの数時間は、ミスの確認作業、上司からの叱責、周囲からの冷たい視線、顧客への謝罪。一連の動作のあいだ、泣いて逃げることができたらどんなに楽だったろう。いやー、久しぶりだね。死んだらどんなにかラクだろうって思ったのは。地下鉄のホームドアがなかったら、あるいは・・・なんて言ったら大げさかもしれないけれど。浦和美園行きの電車がホームに滑り込んでくるときに、ホームドアがなかったら、こうしてエビアンを飲みながらキーボードを打っている自分はいなかったかもしれないだなんてちょっと大げさかもしれないけれど。

こんな最悪な気分のときに、ぶっとい一本グソが出たりすると、ほんと思うよ。なんだかなあって。こっちは最悪にブルーだってのに、肉体は健康そのもの。こっちは自分のミスのせいで会社でちぢこまっているというのに、ハリ・つやを備えた立派なウンコのどっしりとしたたたずまいに思う。ほんと、なんだかなあって。


今日の一曲
スピッツ / ベビーフェイス

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by maseda1001 | 2017-02-01 00:29 | Comments(0)

unko

うんこをなめてはいけない。

みんなわかっているようで、わかっていない。誰に教わるともなく自然とうんこはするくせに、うんこのことをなめてるやつが多すぎる。だからあえて2回同じことを言おう。

うんこはなめてはいけない。

この言葉には2つの意味があることを賢明な諸氏ならばおわかりいただけると思う。すなわち、「うんこをなめる」という「うんこ(名詞)+を(接続助詞)+なめる(動詞)」という言葉には、①うんこを舌でtouchすること、②うんこを軽んじること。この2つの意味を包含している。私がここで述べたいのは、後者。すなわち、②うんこを軽んじることについてだ。

巷にはうんこをなめてるやつが多すぎる。会話の最中に「うんこ」という単語が出ただけで、苦り切った渋面をつくるすましたOL。うんこを切り口にして軽妙なトークをするお笑い芸人は、うんこをダシにしてユーモアある自分を演出する。かりんとう屋さんもカレー屋さんも、うんこをオマージュにした食べ物で生計を立てているくせに、うんこに対する感謝をするどころか、うんこを禁忌とした挙句、店の前で「うんこ」の「う」の字を口に出しただけで、警戒しだす始末。

うんこをなめてる奴が多すぎる。うんこってのは、もっと感謝されなければならない。そして崇められなければならない。

うんこはそもそもヒトが摂取した食物の残りカスだ。口から、食道、胃、小腸、大腸、そして肛門。その旅路は決して、平たんではない。そして短くない時間だ。胃液で溶かされ、小腸・大腸で栄養素を根こそぎ吸い取られ、そして肛門から排出される。口にしたときは、オマールエビでも、ケツから出るときは全部うんこ。キャビアを食べても、トリュフを食べても、おせんべを食べても、カロリーメイトを食べても同じ。結局はうんこ。最後はうんこなんだ。

それはある種の神秘性をも私たちに感じさせてくれる。

食べ物が、我々の体内を通過することによって、うんこになって出てくる。考えてみれば不思議だ。我々の体内で何が起こっているのか、さっき食べたコンビニ弁当が胃の中でどんな状態になっているのか、直接目で見ることはできない。しかし、私は経験的、直感的にわかる。確かにコンビニ弁当の焼き鮭も、ひじきも、梅干しが体内にあることを。そして、数時間後にはそれがうんことして完成されて、再び世に出てくることを。誰に指示されたわけでもない。誰かに教えられたわけでもない。それでも、我々はうんこをするのだ。これは神の意志、God's WILLと言わずして、なんと呼べるだろうか。

それなのに。それなのに、である。

うんこをなめてる奴が多すぎる。先生、だいぶ興奮してきたら何度でもいうけど、多すぎるのよ。うんこをなめてるやつが。軽すぎ。うんこに対する扱いが軽すぎ。ミスチルは崇めるくせに、うんこはレバー大をひねって流しておしまい。ミスチルが不倫した挙句にグラドルと再婚というラブソングが尻尾巻いて逃げ出すような過去があったことを知ったうえで、それでも『ロード・アイミスユー』とか聴けるくせに、うんこのことなんてアウトオブ眼中。そんな奴が多すぎる。

だから言いたい。私は声を大にして言いたい。

うんこのことはもっと真剣に考えなければいけない、と。うんこに対して真摯に向き合い、うんこと語らわなければならない、と。夜更けのバーで親友と語らう話題として選ぶべきは、うんこ。日曜のさわやかな朝のミサでの神父の説教のテーマも、うんこ。夜景の見えるレストランで指輪をプレゼントして、うれし涙を見せてくれる彼女に対して語り掛ける言葉も、うんこ。

今日、僕はうんこのことをずっと考えていた。朝、いつものとおり、寝起きにトイレにブースインした。定例行事。いつものことだ。ものの5分もすれば、うんこが解き放たれるはず。だった。だったのだが、出なかった。うんこがさっぱりでなかったのだ。前日上司に鬼のように説教されようとも、前日に適齢期の女子の既読スルーを食らおうとも、なにがあろうとも毎朝快便、朝のお通じと美肌だけには自信があったこの僕が。うんこが出なかったのだ。

これは一大事である。イギリスがEU離脱しても、トランプが大統領になろうとも、何が起こっても朝のお通じは保ってきたのだ。言うなれば、ルーティン。そのルーティンが、今日止まってしまった。

以降、僕はうんこのことを考えて一日を過ごすこととなった。お昼に野菜タンメンを食べてるときも、誤って保存しないままにエクセルを閉じてしまったときも、寒さに震えながら家路を急ぐときも。うんこのことを考えて過ごしてきた。

そしてさっき、ついにうんこが出た。

マンモスうれぴー。



今日の一曲
スピッツ / 日なたの窓にあこがれて

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by maseda1001 | 2017-01-24 23:10 | Comments(0)

デイドリーマー

仕事が終わらなかったため、昨年から予定されていた飲み会に参加できず。

僕は飲み会のために生きているわけではない。されど、仕事のために生きているわけでもない。月に1回くらいは飲み会に参加させてくれたってよさそうなものだけれど、それすらも許してくれないハードワークさ加減。ビートルズもハードデイズナイトを歌っていた頃はこんな気持ちだったのかもしれない。ただ、彼らに救いがあるとすれば、彼らは表現するすべを知っていた。自分たちの置かれている苦境をキャッチーなメロディーに乗せて歌にすることができた。ユーモアのなかに憂いを含ませて自分たちの置かれている状況を歌うことができた。それがどれほどの救いになるかは赤の他人の僕が知る由もないけれど、少なくともおカネにはなったんだし、羨む人も多いだろう。

一方、僕のストレス発散方法といえば「中間管理録トネガワ」を読んで、中間管理職の苦労に思いを馳せることくらいなもの。

今日は疲れた。昼間の出来事が夢のなかでの話だったかのように、いまでは現実感がなくなってきています。疲れた。

今日の一曲
エレファントカシマシ/悲しみの果て

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by maseda1001 | 2017-01-18 01:31 | Comments(0)