背伸びせず、卑屈にもならず。そんな風に書きたひと思ふをとこありけり。
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サマー・ナイト・寝袋・ファンタジー S・N・N・F

夏もギンギンに怒張し、そろそろ絶頂を迎えかねない危うさを感じさせる7月第4週。天然サウナの様相を呈した都会のコンクリートジャングルは、昼間に蓄えた太陽の熱量をいまだ冷ますこと能わずといった具合で。こんな夜にひとりで部屋にいると、やたらマジメなことを考えてしまうものだ。

愛について。自由について。戦争と平和について。

そして、僕の部屋に存在する2つの寝袋について。

なぜ、僕の部屋に、寝袋が、2つ、存在するのか。僕はその命題に対する明確な答えを見出せずにいた。職業上、寝袋を必要とはしていない。そして、僕の趣味は将棋。藤井四段がよくやるアレである。言うまでもないことだが、将棋を指すのにあたり寝袋は必要としない。ならばなぜ僕の部屋に寝袋が存在するのか。しかも2つも。僕はこの命題に対して答えを見出せずにいる。

そもそも事の発端は、本日の日中に行った部屋の片づけである。年に数回くらい、ビックマクナル(言うまでもないことだが、ビックマックの略称である)を無性に食べたくなることがあるように、自他ともに認める不精者である僕も年に数回程度は掃除をしたくなる。今日がその日だった。無性に掃除をしたくなった僕は、その欲求に背中を押されるようにして清掃に取り掛かった。

溜まった新聞紙をまとめて、酸っぱい匂いを放つ生ごみを三角コーナーにまとめて、数年間来ていない衣服をごみ袋に投げ込む。右腕がうなりを上げて日経新聞を折りたたみ、上腕二頭筋のしなりを利用してカップヌードルの残り汁を三角コーナーにぶちまけ、センスのかけらも感じさせないウグイス色したセーターをごみ袋にそっと投げ込む。そんな時に目に留まったのが寝袋。

(寝袋・・・・・・?)

寝袋のなかにくるまって眠ったのはいつ以来だろう。数年前に路頭に迷ったときに、山梨県の登山口で車中泊したとき以来だろうか。

(そうか、あのときの寝袋か・・・・・・。)

そして気づく。別の場所に、もう1つ寝袋あった。なぜ2つ?

思うに、過去の自分、おそらく数年前の自分は寝袋を欲していたのだ。そして、その寝袋を欲する自分という存在は2人存在したのだ。異なる時空間上において、決して交差することのない1つの直線である時間軸上のある2点。異なる時空間に存在していた過去の自分は、それぞれがそれぞれの動機を持って寝袋を購入したのだ。アマゾンで。惜しむべきは、時間軸のより右方、すなわち、より未来時点に存在していた自分がより過去時点に存在していた自分が購入した寝袋の存在を忘れていたことだ。ヒヤリ・ハットは生かされず、重複して同じものを購入するというミスを犯した時間軸の右方にいた自分。残念でならない。

そして、今日。過去の自分(時間軸の右方にいた自分)への侮蔑と諦念を感じつつ、僕は寝袋をごみ袋へ投げ込む。45リットルのごみ袋へ。過去の自分はいったいなにをしていたんだろう。過去の自分はどうしてこんなだったんだろう。今の自分を棚に上げてひとしきり嘆く。

ごみ袋は、そんなふうにして過去の自分の先見の無さを示すかのように、ゴミでパンパン。よくもまあゴミばかり集めたもんだよ、ホントに。モノを集めても幸せになれたのか、甚だ自信がもてない。モノを買って以降、状況が改善したと自信を持てない。

夏の夜は、たかだか寝袋2つで気が滅入ることを教えてくれた。

どうやら切り替えが必要。明日から始まる1週間を乗り切るためには。脳内回路のスイッチの切り替えが必要。圧倒的ポジティブ・・・っ!悪魔的楽天的思考・・・・・・っ!

  ざわ・・・
   
    ざわ・・・



今日の一曲
奥田民生 / うめぼし

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# by maseda1001 | 2017-07-24 00:50 | Comments(0)

下をむいて歩いたら

日経平均は堅調に推移する昨今、自分への評価は連日ストップ安。

東証1部から陥落した東芝も真っ青になるレベルで下降線をたどる僕の価値。他者からの僕に対する評価は知る由もないし知りたくもないけれど、自分による自分への評価、すなわち自己評価は耳をふさぎたくてもふさぐことができない。なので困るわけで。

1日、また1日と経過するたびにシュリンクしていく自分が見えるかのようで。「シュレックじゃねえよ!」とハリセンボンの角野卓造がツッコんでくれるならまだ救いはあったかもしれないが、あいにくツッコみはない。静まり返る夜更けを背景にして、幹線道路を走るガソリン車の排気音だけが聞こえる。

なんでこんなことになったのか。振り返りたくもない。なので反省もしないわけで。そして今日の焼き増しの明日もつづくわけで。柔らかくて細いしなやかな指先でそっと首を絞められていくような。そんな感覚でいる。

仕事からの帰り道、駅前で警官2人が金髪の若者を職務質問していた。怒りと興奮がミックスして、若者はよくわからない言葉を警官に向かって叫び続けていた。金髪が怒髪天になっている若者は、真偽はわからないけれどヤクでどうやら景気づいてしまっているように見えた。それくらいの怒りのエネルギーがあれば、どこかで困っているお年寄りの荷物を持ってあげたり、便秘で困っている女性にコーラックを差し出したり、人手不足で困っているヤマト運輸の配達員になれたかもしれないのに。職務に励む警官に向けているその怒りのエネルギーを、どこか別の意義のあるところにむければいいのに。

そんなことを思いながら、また自分のことを考えると、再び気が滅入る。ヤクでキメた若者と、ヤクはやってないけどストップ安の自分。いったいどっちがいいのだろうか。正直申し上げて、僕にはわからない。疲れた。

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# by maseda1001 | 2017-07-12 00:17 | Comments(0)

愛が消えた街で

誰かを心の底から愛したい。

目に入れても痛くない、そんな孫のような愛しい人。砂漠の真ん中で、あるいは遭難した森の中で、最後の飲み水を全部飲み干されてしまっても、なんだかんだ笑って許してあげられるような、それほどまでに守りたい人。キリンジの『君の胸に抱かれたい』と、スピッツの『君と暮らせたら』と、エレカシの『極楽大将生活賛歌』を3曲連続でアカペラでささげたくなるような、そんなふうに愛しい思いがあふれてしまう人。

振り返れば、ああ、いつ以来だろう。

もう何年も忘れている。誰かを好きになって、恋に焦がれて、それこそヤケドしそうなヒリヒリ感にやられてジャックダニエルをストレートであおってしまうような夜を。誰かを欲した挙句に、自らの不出来を嘆き、そして最後の手段として思い立った末に机に向かい、恋文をしたためた夜を。好きだという気持ちだけで、好きなあの子の名前をつけたキャラクターでパワプロのサクセスモードにチャレンジし、パワー255のパワーヒッターを完成させた夜を。

もしかしたら、そういうのは10代後半から20代前半までの、ある期間のみに訪れる時限付きのたぐいのものかもしれない。秋の訪れとともに消えていく、夜店の焼きそばのにおいみたいなものなのかもしれない。だとしたら、僕はとても寂しい。そしてつらい。

人間関係は面倒で、どこまでいっても正解はみつからない。右に行けば、左に行けばよかったのにと後悔し、さりとて左を選んだとしても右をうらやましく思ってしまう。結果、とりあえず無難なほう、流れるほうに行ってみる。行きやすいほうに行く。川の流れに翻弄される木の葉みたいなものだ。たいていのことはそれでやりすごすことができる。

でも、果たしてそれで僕が得たものはなんだろうか。

流されて、それからさらに流されて。たどり着いた先でいったい何が見つかるというのだろう。本当に見たかったものは、流されるほうにあるとは限らないのに。というか、たぶんそっちじゃない。流された易しいほうは、結局、怠惰の渦で溺れる方向であって。きっとたぶんそうなんだけれど、抗うべきときには抗ってみて、自分が行ってみたい、ここは勝負すべきだという場面では、戦うことを選ぶべきなんだろう。

そこでふと思ってしまう。

戦ってまで、リスクを背負ってまで、転落するような恐怖を抱いてまで、そこまでして挑む価値のあるものってなんだろう。それってどこにあるんだろうか。いつやってくるんだろうか。そこで立ち止まって、袋小路の3丁目。

恋に破れて身を滅ぼした『こころ』のKが、うらやましい。始末が悪いことに、わりと本気でそう思う。そんな夜更け。

今日の一曲
キリンジ / Drifter

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# by maseda1001 | 2017-06-13 00:11 | Comments(0)

スタンソン・ジュニアの憂鬱

ママが10セント安い玉子を調達するために隣町のグローサリーに出かけていくと、バーモント州ニューシンシナティ在住のブラッドレー家には留守を任されたスタンソン・ジュニア(12)以外には誰もいなくなった。穏やかな春の南風がルート66沿いの屠殺場から漏れ聞こえてくる畜生どもの断末魔の金切り声を運んでくれていた。

ママのくたびれたGMCがガレージから出発していくのを子供部屋の小窓から見届けたスタンソン少年は、小走りにガレージへと向かった。ここ数日、スタンソン少年はこの時が来るのを待ち焦がれていた。

(チャンスは今しかない・・・・・・っ!)

スタンソン少年には、アレを実行するには専業主婦のママが隣町まで出かけた今しかチャンスがないということがわかっていた。腰掛けOLを3年経験したのち、合コンで知り合ったパパと結婚して寿退社したママにとって、生きる楽しみは、1人息子であるスタンソン少年の健やかなる生育と、1セントでも安く玉子を調達すること、その2つしかなかった。したがって、平日・休日を問わず、スタンソン少年が母親からの束縛を逃れる機会はほとんどなかった。母親の溺愛という名の呪縛は、スタンソン少年に安息を与えることを許さなかった。

朝はママのモーニングコールから始まり、ママの作ったハニー入りオムレツを食べて、ママの運転するGMCでエレメンタリースクールへ出かける。そして、学校が終わればやっぱりママがGMCで彼を迎えに来てその日学校で起きた出来事を報告するように求める。家に戻ればママの作るパンプキンパイを食べながら学校の課題に取り組み、夕食はママと2人で顔を向かい合わせて食べる。シークレットエージェントのパパはほとんど家に戻ることがなかったため、スタンソン少年は否が応にでもママとつきっきりで生活をすることになった。

年齢のわりに精神面での成長著しいスタンソン・ジュニアにとって、この環境が息苦しいと感じてしまうのは自然なことだったのだろう。ママのパンプキンパイが甘すぎると感じ始めた頃から、スタンソン・ジュニアはママの愛情をうっとうしいと感じるようになっていた。10セント安い玉子を買い求めるために、ガソリン代を消費していることに気が回らないママに対して、ある種の軽蔑を覚え始めていた。

(だいたいおかしい。カネの面でもまったく非合理的じゃないか。ガソリン代を考慮すれば、10セント安い玉子を買いに隣町へ出かけていくことの愚かさはわかるはずだ。それに、隣町まで運転する時間だってもったいない。その時間分、屠殺場の事務員のパートでもやれば、うちの家計はだいぶラクになるはずであって、まったく理にかなっていない。まったく、ママは、ちょっとばかり巨乳で男好きするカラダしているばかりに、苦労せずに人生を渡ってきたからこうなんだ。ぼくはママのような女とは結婚しない。屠殺場の事務員をやっている、そばかすだらけで見てくれは多少劣るけれど、ヒップがいい具合に成熟しているベリーサ女史のような方と僕は結婚したいものだな。)

尻フェチであるスタンソン少年は、そんなことを思いながら階段を下り、ガレージのドアを開けた。母親の愛情はある一定の年齢に達した男子にとって、時に重荷になりうるものなのだろう。ガレージはママのGMCが行きがけに吐き出した排気ガスのにおいがほのかに残っていた。

ペッと唾を床に吐き掛け、スタンソン少年はガレージの片隅に無造作に置かれている朱色の工具箱を手に取った。このなかにスタンソン少年が後生大事にしているアレが保管されている。ママの監視の目があるあいだは決して開けることができないパンドラの箱、それがこの朱色の工具箱であった。もともとは、スパナやらクレ556やらが入っていたのだが、ママはDIYの面倒を嫌っていたし、パパはしばらく帰ってきていないため、この工具箱を開け閉めする人間はスタンソン少年以外いなかった。

スタンソン少年は、心の奥底からこみあげてくる衝動に欲望を抑えることができない。今まさに、朱色の工具箱・パンドラの箱に手をかけた。この箱を開ければ、彼が待ち焦がれた甘美の宴が始まる。そして、ママの監視から逃れた解放感をブースターにして、その宴を心ゆくまで楽しむ。甘美の宴への期待がどうしようもなく高まり、スタンソン少年は胸の鼓動が早まっているのを感じた。

(抑えるんだ。欲望を抑えるんだ。僕はこれから70年、あるいは80年生きていかなければならない。それはすなわち自分の欲望と70年、80年付き合っていかなければならないことを意味しているんだ。したがって僕は欲望とgood friendにならなければならない。決して欲望と敵対してはならない。欲望に抗うようなことになってはいけない。欲望とは、それすなわち影。自分の心象を太陽にかざしたときに地面に映る漆黒の精神活動。欲望に自らの精神を預けてはいけない。暗黒面に落ちたダース・ベイダーを例に挙げるまでもない。欲望は自ら飼いならさなければいけないんだ。主従関係を明確にしておかなければならないんだ。あくまでも主たるは僕の理性、そしてその理性に従うべきが従たる欲望。このことを肝に銘じておかなければならないんだ・・・・・・。)

スタンソン少年は、深呼吸をした。マリアナ海溝まで届きそうなほど深く、そして静かな深呼吸だった。この自制心、そいて落ち着きこそがスタンソン少年をスタンソン少年たらしめている。彼は12才という彼の年齢相応に、無垢であり、そして聡明であった。そしてそこがまた彼の弱点でもあった。自らの精神世界への没入に興じるあまり、彼は気づくのが遅れた。普段の彼であれば、とっくに気づいていたはずのママのGMCの帰還に。

「早すぎるっ・・・!!」

たしかに早すぎだった。隣町のグローサリーショップまでは12マイル。玉子を購入し、戻ってくるまで、少なくとも60分はかかる。スタンソン少年にはミニマムの60分に加え、「10セント安い玉子を買えた私」をインスタにアップする時間も加わるはずという目算があった。したがって、60分のあいだに仕込み→致す→撤収を行い、万一の予備時間として10分を確保しておくという計画だった。

それがどういうことだろう。ママのGMCが出かけて行ってからまだ10分も経過していない。いったい何が起こったのか。スタンソン少年は知る由もなかったのだが、ママはGMCに乗った直後、突然ウェンディーズのダブルを食べたくなったため、自宅の戸棚にしまったウェンディーズのクーポンを取りに家に戻ることにしたのだった。スタンソン少年にとって気の毒なことに、彼はまだ若すぎた。「気まぐれ」という名の一部の女性に多い気質(それはとりわけ純粋な男性諸氏を困惑させる)を、スタンソン少年は予測することができなかったのだ。

ウィーーーーン

ガレージの自動シャッターが上がり始めた。ママのGMCがシャッターが上がるにつれて姿を現していた。スタンソン少年は朱色の工具箱を両手に持ったまま呆然と立ち尽くすしかなかった。なんてことだろう。計画は失敗に終わったのだ。

「あら、スタンソン。どうしたの?そんなところに立って。随分と藪から棒にすぎるわよ。あなた学校の課題はどうしたのよ。ブラウン先生からフィッシャー方程式についてレポートをまとめておくように言われたんでしょう。関連して、米国、EU、日本の利子率の相関関係についてもGDPとの対比にも触れた上で、A4用紙15枚にまとめて明日発表するんでしょう。」

「はい、ママ。ですが・・・」

スタンソン少年にはもはや言い訳は思い浮かばなかった。無条件降伏だった。俎上の鯉となったスタンソン少年の命運は、ママの手にゆだねられたのだ。

(本田望結ちゃんは、フィギアの道を歩むのか、それとも女優の道を選ぶのか。あるいは、二刀流もありうるのかなぁ・・・)

そんなことを考えながら、スタンソン少年は、ママが言い渡す判決を待った。秘密裏に行うべき行動が露見してしまった以上、残された選択肢はなかった。

「・・・・・・スタンソン。あなたはいったい、ガレージでなにをしようとしていたの?」

「はい、ママ。」

「・・・・・・スタンソン。あなたが大事そうにかかえているのはパパの工具箱よね?いったい工具箱で何をしようとしていたの?」

「はい、ママ。」

「・・・・・・スタンソン。あなた、まだDIYをするには少し身長と腕っぷしが足りないはずよ。」

「はい、ママ。」

「・・・・・・スタンソン。おお、かわいい私のスタンソン。こたえておくれ、スタンソン。」

「はい、ママ。」

「・・・・・・。」

「はい、ママ。」

ママはそれですべてを悟ったらしかった。にっこりとスタンソン少年に微笑み、そしてGMCに再び乗り込んだ。ウェンディーズの割引クーポンのことはあきらめたようだった。スタンソン少年は、GMCに乗り込むママの頬を涙が伝うのを見た。

そして、それがスタンソン少年が見た、ママの最後の姿になった。


今日の一曲
ももいろクローバーZ / 仮想ディストピア

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# by maseda1001 | 2017-04-30 23:25 | Comments(0)

オチのある物語

人生には、酸いも甘いもあるらしい。

「酸いも甘いも嚙み分ける、そんな風になってこそ一人前のオトナだよ」だなんて立派なオトナであるA氏(39才・バツイチ・独身・趣味:風俗)はおっしゃる。

「酸いも甘いもあるんだとしたら、甘い部分の上澄みだけすすって生きていきたい」だなんて僕は思う。言うんじゃなくて、思う。面と向かって言うとA氏に角が立つので、思うにとどめる。いくら甘ったれた根性ぶら下げて30余年とはいえ、燃えるごみと燃えないゴミを分別することはできる。

思うにとどめた僕に対して、A氏は畳みかける。左ジャブを2回試してみて、いよいよ右フックがさく裂。

「キミ、人生なめてるよね。」。身構えてガードをしようとしたが、間に合わない。A氏の右フックがさく裂。人生なめてるよね、だなんて言われたのは初めてだった。

(こいつ、人生なめてんなー)って内心で思われたことは幾ばくかあることは自負しているが、面と向かって言われたのはこのたびが初めてである。ガビョーン、である。

たしかにそうなのである。僕は人生なめていた。アナルはなめたことないけど、人生はなめていた。したがって、A氏の指摘・糾弾はまったく的を得ていた。具体的に述べると関係各所に差しさわりがあるため詳細は延べないが、僕は人生をなめていた。なめる部分があるならば、極力なめてきた。なめまわしてなめまわして、しまいにはペロペロの度が過ぎて、なめることができる部分が溶けてしまったこともしばしば。アナルはなめたことないくせに。なんたる強欲。なんたる怠惰。なんたる無気力。嗚呼。

僕は反省し、努力することに決めた。A氏が僕の甘え腐った根性を叩きなおしてくれたのだ。

やった。僕は生まれ変わった。ついに僕もハイパー努力系真人間になることができたのだ。念願かなって真人間になった僕は、ガンガン飛び込み系の使い捨て営業職を絶賛募集していたブラック企業の採用面接を受け、過去の職歴をさんざんに罵倒された挙句、お祈りメールを頂戴し、絶望して、千葉の夷隅川に入水自殺して死んだ。



今日の一曲
くるり / 宿はなし

PS
大学生の頃、好きだった松屋の店員さん(Kさん)が好きだったバンドが「くるり」。岸田繁のようなメガネ男子が好きだと言っていたKさん。ミスチルとモーニング娘。しか知らなかった僕は、好きな女の子が聴いてるんだからきっとすごい音楽に違いないと熱く信じ、さっそく近所のCD屋(今はなきレコファン)に駆け込み、くるりの2ndアルバム『図鑑』を購入した。ああ、これで憧れのKさんと会話するきっかけができるとウキウキでCDをMDに落とし、MDウォークマンで通学時に聴いてみる。すると、不思議なことにさっぱり良さがわからない。周囲の友人には不評のKさんの笑顔の可愛さ・可憐さは理解できても、なぜだか「くるり」のよさはよくわからなかった。やはり僕は名もなき詩でシーソーゲームして最後にハッピーサマーウェディングするしかないのかなぁ、とちょっぴりしんみりしていたが、徐々にわかってきた。「くるり」の良さが。Kさんと話を合わせるために、頑張って聴いているうちにわかってきた。これがスルメソングってやつか、と、ひとりで納得。そのうち、ほかのアルバムにも手を出すようになってきて、しまいには当時発売されていたくるりのアルバムは全部そろえた。「デビューシングルの『東京』のコード進行が、くるりっぽいよねー。クリストファーはデブだよね。大村達身はハゲてるけどフライングV似合ってるよね」とか、くるりに関するそれっぽいセリフもしゃべれるようになってきた。そんなこんなで、くるりのことは全然関係ないけれど、その後Kさんにはフラれた。チューすらできなかった。無念。

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# by maseda1001 | 2017-04-29 00:44 | Comments(0)