背伸びせず、卑屈にもならず。そんな風に書きたひと思ふをとこありけり。
by maseda1001
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近所の中華屋さんで

先週、麻布十番で焼肉を食べた。しかも、1回でなく、2回。週に2回も麻布十番で焼肉を食べてしまった。こんなことはたぶん僕が二足歩行を始めてからかつて無かったことだし、これから棺桶に入るまでの間を見通してもおそらく二度とない。焼肉を週に2回食べることですら家計に対する暴挙といえるが、場所が麻布となってしまうとさらに始末が悪い。

さらについでに言うと、たいして高くもない給料にもかかわらず、二度とも多めに払ってしまった。後輩に対して見栄を張りたい、女性に対して見栄を張りたいという、己の虚栄心の儚さよ。そして一向に増えない貯金残高。年齢はかさんでいくのに、ある一定のラインできっかりと上昇をやめてしまった僕の預金口座はなにかしらの「からくり」みたいなものがあって、あるいは誰かの陰謀によって残高増加を放棄してしまったのだろうか。残念です。

それにしてもここ数日思ったのは、自己中心的なモノの考え方で凝り固まって、自分の欲望を満たすことを行動指針にしていると、あまりモノゴトはうまく進んでいかないようだということ。自分の脳みそが生み出す欲望は、結局のところ自分という身体の入れ物しか操ることができない以上、自分で解決可能な欲望以上の欲望を感じてしまうと、欲望が解消できないというジレンマに陥ってしまう。自分の脳みそは他者の行動を操ったり、制約したりすることができない以上、他者が介在しないと実現不可能な欲望を持つことは健全ではないし、合理的でない。それでも飢え乾く我が欲望の貪欲さったら、困ったもんだ。自らの欲望という名のトラに自我を食い殺されてしまった哀れな李徴をひきあいに出すまでもなく、欲望を押さえつけ、あるいは飼いならし制御することは難しい。この欲望とあと何年、何十年、一緒に付き合っていかなければならないのだろうか。

あと、無気力、覇気の無さ。これもよくない。非常によくない。死んだ魚の目をした営業マンが売ることができるのは同情心だけで、哀れみだけは恵んでもらえるかもしれないけれど、本当に売りたいもの、あげたいものは、買ってもらえないのは目に見えている。にもかかわらず、なぜ僕はこうして無気力を外部に発散し、覇気を消沈させて得意になっているんだろうか。やめたほうがいいと思うよ、ホントに。

救いがあるとすれば、マンションの向かいにある中華料理屋の中華そばがおいしいってことに気づいたこと。食べログの点数とか、ラーメンWalkerに掲載されたとか、そういう情報もいいけれど、たまには自分で探してみるのもいいものかもしれない。意外に近くに、おいしいラーメン食べることできる店があったって気づいた。その事実に気づいて、僕は少しだけ泣きそうになりながら、ラーメンをすすった。ていうか半分ベソかいてた。夜の7時30分。客は僕だけ。住宅街の中華料理屋で、ラーメンを食べながら泣きそうになるリーマン。メンマがしゃきしゃきしてて歯ごたえがいい。流れる涙は、メンマに免じて許してもらおう。

今日の一曲
東京事変 / 群青日和

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by maseda1001 | 2017-04-17 21:01 | Comments(0)